3字
後撰集
てんじてんのう
あきの
1
86
59
秋の田の
かりほの庵の
苫をあらみ
わが衣手は
露にぬれつつ
みのりの秋の田の番小屋に 私は泊まっている屋根を葺いた苫は粗く漏る露に私の袖は しとどにぬれた
中大兄皇子。中臣鎌足とともに蘇我氏を滅ぼして大化の改新を断行、第38代の天皇となる。第49代光仁天皇以降現在まで続く天智系皇統の祖。
新古今集
じとうてんのう
はるす
2
39
84
春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山
早も春は過ぎゆき夏が来たらしい天の香久山には夏のならわしとて真白の衣が干されているという・・・・
2字
拾遺集
かきのもとのひとまろ
あし
3
23
あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む
山鳥のながながしいしだれ尾のようにまことに長き秋の夜を山鳥の雄と雌が離れて恋い合うに似てあなたを恋いつつひとり寝をすることよ
やまべのあかひと
たご
4
47
65
田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ
駿河の国の田子の浦に たたずんではるかにみれば真白き富士の高嶺に雪は降りつむ
古今集
さるまるだゆう
おく
5
16
52
奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声きくときぞ秋はかなしき
秋もたけた山の奥ふかく散り敷く紅葉をふみわけて鹿は鳴く 妻恋うて哀々と鳴く鹿よ ああ その声を聞くとき 秋のあわれは深く身に沁む
ちゅうなごんやかもち
かさ
6
25
43
かささぎのわたせる橋におく霜のしろきを見れば夜ぞふけにける
冬の夜空に凍りきらめく星々七夕の夜にはカササギが翼をうち交わして天の川に橋をかけるというが、おお、ここ地上の橋にも白く霜が降りているそれを見れば夜も更けたことが思われる
あべのなかまろ
あまの
7
14
32
天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも
大空はるかに ふりあおげば明るい月がかかっているあれは その昔 私が故郷の日本で見た月だ奈良の春日にある三笠山にさし出た月だ
きせんほうし
わがい
8
67
わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山とひとはいふなり
わが庵は 都の東南宇治山なのです鹿の鳴く里にしかく 私は心も澄み気もはればれと住んでいますそれなのに 世の人は私が世を憂しとみてかくれこもっているようにいうのです
おののこまち
はなの
9
30
93
花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
花の色はもはやうつろうてしまったこの長雨に桜も散り 色がわりしたそれと同じように 私自身 物思いに屈しているうちに いつか 盛りの若さも過ぎてしまったのだ
せみまる
これ
10
46
55
これやこの行くも帰るもわかれてはしるもしらぬも逢坂の関
これがかの 有名な逢坂山の関よ東くだりの旅人も都へ帰る旅人も知る人も知らぬ人も別れては逢い逢うては別れ してゆき交う人の世の別れと出会いを暗示するのかその名も 逢坂の関
6字
さんぎたかむら
わたのはらや
11
75
48
わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人のつり舟
はるけき大海原にあまたの島々は転々を浮かぶ島から島へ漕ぎめぐりつつ私は流人島へ追われていったと都のあの人に伝えておくれ釣り舟の漁師たちよ伝えてよ 愛する人に
そうじょうへんじょう
あまつ
12
41
天つ風雲の通ひ路吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ
天空を吹く風よ雲の中のかよい路を吹いて閉ざしておくれ天へかえる少女たちをもうしばらくとどめておきたいから・・・・・・
ようぜいいん
つく
13
37
64
筑波嶺のみねより落つるみなの川恋ぞつもりて淵となりぬる
東国の歌まくら 筑波山その峰々からしたたり落ちる小さな流れも積もり積もれば男女(みな)の川となるのです--私の恋も 次第につもって いつしか深い淵となりました
かわらのさだいじん
みち
17
62
みちのくのしのぶもぢずりたれ故に乱れそめにしわれならなくに
陸奥の 信夫(しのぶ)の里の名産品 信夫捩(も)じ摺(ず)りもじずりの衣の模様はおどろに乱れていますが私のこころも それに似てあやしく 乱れ初めました--たれゆえと おぼしめす--あやたゆえではありませんか--あなたのために こころ乱した--この私ではありませんか
こうこうてんのう
きみがためは
15
29
83
君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手に雪はふりつつ
あなたにと思ってまだ寒い早春の野に私は出てやっと生(お)いそめたみどりの若菜をつみましたその私の袖に雪がちらちら
ちゅうなごんゆきひら
たち
90
99
たち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む
さあて 皆さん いよいよお別れ私は因幡(鳥取県)へいにまするいなばの国には 松の名所の稲羽山峰の松ではないけれど私をまつとおしゃるならばじっきに帰ってくるわいな
ありわらのなりひらあそん
ちは
18
72
ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは
竜田川の水の面(おも)まるで紅のしぼり染め紅葉の錦の唐くれない神代にもこんな美しさがあったとは聞いたこともないなんとみごとな美しさ
1字
ふじわらのとしゆきあそん
す
68
77
住の江の岸に寄る波よるさへや夢の通ひ路人目よくらむ
住の江の 岸による波その よるの夢路にさえきみは 人目を避けてぼくと 会ってくれないのか 昼は無論のこと、夜の夢にさえ きみは訪れてくれないじゃないか
4字
いせ
なにはが
19
難波がたみじかき葦のふしの間も逢はでこの世をすぐしてよとや
難波潟に生い茂る芦その中でもことに短い芦のその節と節の間はいっそう 短いわそんな短い逢瀬の機会さえあなたはつくってくれずあたしにこのまま過ごせというの?これっきりだと あなたはいうの?
もとよししんのう
わび
20
42
わびぬれば今はたおなじ難波なるみをつくしても逢はむとぞ思ふ
人は私を指さしてそしる不倫の恋に狂う痴れ者と--世間の目に咎められもはや あなたに逢うこともままならぬ世のおきてあなたを恋うて物狂おしく悶々の日々ええい もはや同じこと噂が立ったいまは難波のみおつくしではないが身をつくして 破産しても ままよあなたに逢いたい逢わずには措くものか
そせいほうし
いまこ
21
74
38
いま来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ちいでつるかな
あなたが これからすぐ行くよとおっしゃったばかりにまあ どうでしょう秋の夜長を ずうっと私は待ちこがれとうとう九月の有明の月が出るまでむなしく過ごしてしまったわ
ふんやのやすひで
ふ
22
81
吹くからに秋の草木のしほるればむべ山風を嵐といふらむ
山風が荒々しく吹くものだから草木は萎れてしまうなるほどな 荒々しいから「あらし」とは よういうたものさてまた山風と書いて嵐と訓むとはむははははこれも納得--とはいうものの秋の山風の 身に沁むことわいな
おおえのちさと
つき
94
40
月見ればちぢにものこそ悲しけれわが身一つの秋にはあらねど
秋の月を見れば物思いさまざま心は千々に乱れてうら悲しいのだ私ひとりのために秋がきたのではないけれど
かんけ
この
24
28
73
このたびは幣もとりあへず手向山紅葉の錦神のまにまに
このたびの旅はあわただしく発ちましたから幣の用意もできませなんだ手向山の神よこのみごとな美しい紅葉の幣を私の捧げる幣としてみ心のままにお受けください
さんじょうのうだいじん
なにし
49
85
名にし負はば逢坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな
ねえ きみ逢坂山のさねかずらって、暗示的な名だと思わない?きみに「逢う」の「逢坂山」 きみと「寝る」の「さ寝」なんて ああ そういえば さねかずらは蔓草さツルをくるくるたぐりよせるように 人目につかず きみのもとへ 「くる」方法はないものかねえ
ていしんこう
をぐ
26
36
54
小倉山峰のもみじ葉心あらば今ひとたびのみゆき待たなむ
小倉山の紅葉よ 心あるならばその美しさを そのままにどうか散らずにいておくれもういちど 帝の行幸があるはずその晴れの日を待っていておくれ
ちゅうなごんかねすけ
みかの
27
66
57
みかの原わきて流るるいずみ川いつみきとてか恋しかるらむ
甕の原を ふたつに分けてしかも湧きあふれて流れる泉川よいずみよ いずみあなたを「いつみ」たというのかぼくはまだ あなたに逢ってやしないそれなのになぜこんなに恋しいのか逢ってください このぼくに
みなもとのむねゆきあそん
やまざ
69
87
山里は冬ぞさびしさまさりける人目も草もかれぬと思へば
山里はいつも淋しい...とりわけ 冬のかれすがれたありさまは身に沁む草は枯れ 人は離(か)れるゆききする人の姿も絶えはてて...
おおしこうちのみつね
こころあ
53
心あてに折らばや折らむはつ霜の置きまどはせる白菊の花
初霜でそこらじゅう 真ッ白になってしまった白菊の花がそれにまぎれてどこかわからないじゃないかあて推量で、このへんかなあと折るならば折れるかもしれないが何しろ 一面 白い中の白菊の花だからなあ
みぶのただみね
ありあ
63
有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし
空には有明の月がつれなく かかっていたあなたのそばにもっといたかったのに明ければ帰らねばならぬ世の習いぼくは心残して帰ったあの日からというものぼくにとっては暁ほどせつなく辛いものはないようになったんだ
さかのうえのこれのり
あさぼらけあ
31
朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里にふれる白雪
夜がほのぼのと明けてきたあたりは白く明るいこの明るさはありあけの月の光かと思ったが--雪だった月の光に見まがうほどあたり一面薄雪が積もって明るんでいたのだここは吉野なのだ
はるみちのつらき
やまが
51
山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり
山道をゆけば川の急流にひとところ秋風がかけた しがらみができている風が作った しがらみって何だか、わかるかい、きみもみじなんだよ深紅のしがらみなんだもみじはしきりに落ちたまり水は流れることもできぬ秋風の風雅ないたずら美しいもみじの しがらみ
きのとものり
ひさ
33
92
久方の光のどけき春の日にしづこころなく花の散るらむ
日の光のゆったりのどかにあたたかい春の日まことにあだやかな好日人みな陶然とやすらぐときそれなのに桜の花ばかりは静かなこころもなくあわただしく散りまがう音もない花吹雪なぜそんなに散りいそぐのか...
ふじわらのおきかぜ
たれ
34
80
98
たれをかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに
心を許しあった友は一人逝き 二人逝きしていまはもう 誰もいないいったい誰を友としたらいいのか高砂の松は 私と同じように年古(ふ)りているとはいうけれど松も昔なじみの友ではないのだもの
きのつらゆき
ひとは
35
人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける
あなたは さあねどんなお心かわかりませんがこの昔なじみのふるさとそこに咲く花は昔に変わらぬよい匂いで私を迎えてくれますねえ
きよはらのふかやぶ
なつ
夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらむ
夏の夜の短さよまだ宵のうちと思っていたのにはや 白々と明けそめた月は山の端に入るひまもなく雲のどのあたりに宿っていることやら
ふんやのあさやす
しら
しらつゆに風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける
秋の野の草むらにいちめんの白露風がしきりに吹きわたるとぱらぱらとこぼれ散るあ あ 玉が散る 水晶玉が糸に通していない水晶の玉があ あ こぼれ散る風のふくたび...
うこん
わすら
わすらるる身をば思はず誓ひてし人のいのちの惜しくもあるかな
やがては忘れ去られる身だということを思いもせず私はあのとき、愛を神に誓ったなんて愚かな私なのかしらでも心がわりしたあなたには、神仏の罰(ばち)があたるわよ--いい気味といいたいけれどでも、それは嘘罰が当たってあなたが死ぬなんていや死んじゃいやでもあなたが憎くないといったらそれも嘘になるの
さんぎひとし
あさぢ
浅茅生の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき
丈ひくいチガヤの野に篠竹(しのだけ)は生い繁るああその 荒涼たる風景よわが心象風土そのままに--しのだけの しのびこらえているけれど包みかねてあふれる恋心なぜこうまで ぼくはあのひとが恋しいのか
たいらのかねもり
しの
忍ぶれど色にいでにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで
ぼくは 自分の思いをじっと胸に 秘め隠してきたがおのずと顔や雰囲気に出たのか”君は恋しているんじゃないか物思わしげにみえるよ” と人にたずねられるほどになってしまった
みぶのただみ
こひ
61
恋すてふわが名はまだき立ちにけり人しれずこそ思ひそめしか
ぼくが恋に悩んでいるという噂は早や 世間に散ってしまったぼくは あのひとを人知れず 思い初(そ)めたばかりなのに...
後拾遺集
きよはらのもとすけ
ちぎりき
契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは
おぼえているかい約束したね ぼくたちは涙で誓った決して心変わりしないと--末の松山を 波が越すようなそんなこと 決してないって契ったよねえ きもとぼく
ごんちゅうなごんあつただ
あひ
あひみてののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり
やっと きみがぼくのものになったところがどうだよけい苦しみが増し物思いが多くなった不安、嫉妬、独占欲...ぼくは新しい苦しみをさまざま知ったこの苦しさにくらべればきみを得たいとひたすら望んでいた昔のぼくの物思いなんて実に単純で底が浅かった
ちゅうなごんあさただ
あふこ
44
逢ふことの絶えてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし
あの女(ひと)との恋の機会が全くなかったならばかえってあの女を恨んだり自分を辛がったりすることもなかったろうに...なまじ一度の愛の時間を持ったばっかりにいや増し募る ぼくの苦しみ
けんとくこう
あはれ
45
あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな
ぼくのことをしみじみ思ってくれる人はもう いやしない君に捨てられたいまはぼくはこのまま なすすべもなくああ ただむなしくこがれ死にに消えてゆくのか
そねのよしただ
ゆら
由良の門を渡る舟人かぢを絶え行方も知らぬ恋のみちかな
紀の国の由良その由良の海峡を渡る舟人が梶を失ってただ ゆらゆらと波間にただようようにわが恋もまた 行方も知れずただようばかりただゆらゆらと...
えぎょうほうし
やへ
八重むぐらしげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり
むぐら生い繁る この邸のさびしさ荒れ果てて いまは訪れる人もいないそんな庭にも見よ ひそかに秋は訪れている
詩花集
みなもとのしげゆき
かぜを
風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけてものを思ふころかな
風の烈しさはわが恋心の烈しさか岩うつ波は 砕け散るうち寄せうち寄せしても岩はびくとも動かぬ砕け散る波の姿は あれは ぼく君は岩きみは心を動かしてもくれない片恋の苦しさに心砕け 心乱れるこのごろの ぼく
おおなかとみのよしのぶあそん
みかき
78
みかきもり衛士のたく火の夜はもえ昼は消えつつものをこそ思へ
宮中の御門を守る衛士(えじ)らが警備のかがり火を夜な夜な焚くあの日のように私の思いは夜になると燃えさかり昼は火が消えるように心も消え入るばかりあの人への恋にこがれて
ふじわらのよしたか
きみがためを
50
君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな
きみへの思いが実をむすんでもし愛し愛される仲になるならばこの命を捨ててもいい--死んでも惜しくはないそう思っていたんだしかしほんとにそうなったら 気持ちは変わったぼくは生きたい長く長く生きて いつまでもきみと愛し合いたいそう思うようになったんだ
ふじわらのさねかたあそん
かく
79
88
かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを
こんなにきみを愛しているといえればいいんだけれどとても口に出してはいえないよだまって胸を焦がすぼくまるで伊吹山のもぐさのようにくすぶって萌えるぼくの思いきみはちっとも知らないだろうね
ふじわらのみちのぶあそん
あけ
明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな
夜が明ければ やがてまた暮れる暮れれば また きみに会えるんだしれはわかっているのだがやっぱり明ければ帰らねばならぬその恨めしさ恨めしい夜明けよ
うだいしょうみちつなのはは
なげき
なげきつつひとりぬる夜の明くるまはいかに久しきものとかは知る
今夜もいらっしゃらなかった...ためいきをつく 独り寝の床夜の長さ夜明けまでの長さをあなた、ご存知?
ぎどうさんしのはは
わすれ
82
わすれじの行末まではかたければ今日をかぎりの命ともがな
お前のことは忘れない、とあなたはおっしゃったわね。ほんとかしら。そのお言葉、しんじられるのかしら。行末のことはたのみがたいわ。それよりいっそ、今日のこの恋の幸福の絶頂で死んでしまいたいわ
千載集
だいなごんきんとう
たき
滝の音はたえて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞えけれ
そのかみ嵯峨のみかどが賞(め)でたもうたという有名な滝いまは涸(か)れて滝の音もすでにとだえて久しい。けれどその名はいまも世に流れ人々の耳には音なき滝の音が聞こえているありし日の栄(は)えをしのんで
いずみしきぶ
あらざ
56
あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな
あたし もう長くはないわ あなたあの世へ旅立つ思い出にもういちどせめてもういちどあなたにお逢いしたいわ
むらさきしきぶ
め
めぐりあひて見しやそれとも分かぬまに雲がくれにし夜半の月影
何年ぶりかしら久しぶりにあなたに逢うなんてほんとにあなた?もっとお顔見せてよ幼顔(おさながお)が残っているような気もするし...何だかあやふやな夢のような思いのうちにあなたはもうはや雲にかくれる 夜半の月のように帰ってしまったの
だいにのさんみ
ありま
58
有馬山猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする
愛していないですって?否、なんてmあたしがあなたを拒んだことがある?「いな」のささ原だわ。「あり」ませんよの有馬山、ってところね。--あなたご存知? 有馬山、そのふもとの猪名の笹原に 風がわたると さやさや、そよそよとかすかな葉ずれ そうよ、そうよとささやくのを。そうなのよ、あなたあたしがあなたを忘れると思って?忘れるはずがないじゃないの
あかぞめえもん
やす
やすらはで寝なましものを小夜更けてかたぶくまでの月を見しかな
来るって あなたおっしゃったじゃない--だから あたし 待って待って 待ちわびてとうとう夜もふけてお月さまが西の山へかたぶくまでみつめつづけて起きていたのよこんなことなr ためらわずさっさと寝ちゃうんだったわ
金葉集
こしきぶのないし
おほえ
60
大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立
母のいる丹後の国ははるか山々の彼方大江山、生野の道、そしてまた天橋立私はまだその地を「踏み」もせず、母の「ふみ」も見ておりませんの
いせのたいふ
いに
96
いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな
その昔、奈良の古き都に咲き匂った八重桜それが今日は、九重の宮中に美しく咲きほこっているのです
せいしょうなごん
よを
夜をこめて鳥の空音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ
夜も明けぬうちに鶏の鳴き真似をしてだまし関所を開けさせたあれは中国の故事の函谷関のことだけど私の関所はダメよ私の逢坂の関の守りは堅いわだまされて開けるなんてこと絶対にありませんわよお気の毒さま
さきょうのだいぶみちまさ
いまは
今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならでいふよしもがな
今はもうあなたのことをぼくは思い切りますぼくたちの恋は禁じられた恋でしたただ それをせめて最後にあなたにお目にかかって直接 お伝えしたいのです人づてでなくぼくの口からいいたいのですあきらめましょうとあきらめきれぬぼくらの恋を
ごんちゅうなごんさだより
あさぼらけう
朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀬々の網代木
朝ぼらけ宇治川の水面にたちこめる霧の...風に吹き立てられ絶えま 絶えまに夢のようにあらわれてくる川瀬の網代木そこ ここの瀬に仄(ほの)見えてきた宇治の網代木
さがみ
うら
恨みわびほさぬ袖だにあるものを恋にくちなむ名こそ惜しけれ
あたのつれなさを恨んでは思いなやみわたしの袖はかわく間さえないというのにああ その上にあれ見よ 恋の痴(し)れものと 世に指さして嗤(わら)われるわが名わが名のいとおしさ
だいそうじょうぎょうそん
もろ
95
もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし
都では春も逝ったというのにこの奥ふかい山中では可憐な山桜がひっそりと人に知られず咲いているではないか桜よ 桜おれもひとりだ天地寂寞(せきばく)の山中おまえよりほかになつかしむものもないもろともにいとしみ合おうよ
すおうのないし
はるの
春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ
春のみじか夜の夢のような はかないおたわむれあなたの手枕を借りたりしたらつまんない浮名がぱっと立ってしまいますわ冗談じゃないわいやアねえ
さんじょういん
こころに
心にもあらでうき世ににながらへば恋しかるべき夜半の月かな
いつまで私は生き永らえるかあまり永くは生きたいと思わぬが不本意にも この憂き世に生き永らえるならばそのとき今宵のこの月はどんなに恋しく思い出されることだろうもう眼の見えぬ身となった私の心に...
のういんほうし
あらし
71
嵐吹く三室の山のもみじ葉は竜田の川の錦なりけり
三室の山の紅葉ばは嵐に散りまごうて竜田の川に降りこむ川面はさながら繚乱(りょうらん)の錦
りょうぜんほうし
さ
70
さびしさに宿を立ち出でてながむればいづくも同じ秋の夕暮れ
なんとはない寂しさがそぞろ 身を噛(か)む秋の夕たまらなくなって家を出てあたりを見ればどこも同じひといろに物さびしい秋の夕ぐれ
だいなごんつねのぶ
ゆふ
夕されば門田の稲葉おとづれて蘆のまろ屋に秋風ぞ吹く
夕ぐれになれば家の前の田のゆたかにみのった稲穂に風は吹きわたる蘆(あし)ぶきの小屋をも 風は吹きすぎてゆくそれよ この涼しさはおお 早や秋風なのだ
ゆうしないしんのうけのきい
おと
97
音に聞く高師の浜のあだ波はかけじや袖の濡れもこそすれ
噂に高い 高師の浜の仇浪をかぶったりしますまい袖がぬれてしまうんですもの--あなたが浮気なおかただってこと 噂で聞いてますわよ あなたの仇(あだ)なさけにうっかり心ひかれたりしたら涙で袖を濡らすだけだわ
ごんちゅうなごんまさふさ
たか
高砂の尾上の桜咲きにけり外山の霞立たずもあらなむ
はるかに見渡せば高い山の峰の桜がやっと 咲きはじめた里近き山々の霞よ立たずにいておくれ山の桜とまぎれぬように
みなもとのとしよりあそん
うか
憂かりける人をはつせの山おろしよはげしかれとは祈らぬものを
ぼくにつれない彼女がどうぞ やさしい気持ちになってぼくを愛してくれるようにと初瀬の観音さまに祈ったがどうだ この吹き荒れる山おろしの激しさ彼女のつれなさそっくりじゃないかこんなに辛く当たるようにとは祈りはしなかったものを
ふじわらのもととし
ちぎりお
89
契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり
あなたはお約束下さったよし 任せておけ とそのお言葉を命とたのんで望みをつないできましたのにさせも草の露のようにはかなく今年もむなしく秋はさってゆくようですね
ほつしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん
わたのはらこ
76
わたの原漕ぎ出でてみればひさかたの雲居にまがふ沖つ白波
大海原に舟を漕ぎ出し海と空をひろびろとながめれば沖に立つ白波は雲かとまがうばかりなんとまあはるけくも晴朗なながめよ
すとくいん
せ
瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ
岩を噛み ほとばしる急流滝の早瀬は岩に堰(せ)かれしぶきをあげて二つにわかれるぼくときみも いまは堰かれて別れてもさきには必ず再会してこの恋をつらぬくつもりだよ
みなもとのかねまさ
あはぢ
淡路島かよふ千鳥のなく声にいく夜ねざめぬ須磨の関守
海の彼方の淡路島から千鳥は波の上を通うてくる友を呼んで鳴き交わしつつ...そのさびしい鳴き声にきみよ 須磨の関守のきみは幾夜眠りをさまされて物思いに沈んだことであろう
さきょうのだいぶあきすけ
あきか
秋風にたなびく雲の絶えまよりもれ出づる月の影のさやけさ
夜空を秋風は吹きわたるたなびく雲の切れ目からひとすじ さっともれ出た月の光の明るさよ
たいけんもんいんほりかわ
ながか
長からむ心も知らず黒髪のみだれて今朝はものをこそ思へ
あなたのお気持ちは末永くつづくのかしらどうかしら私には確信がもてないわからないわゆうべの、恋のさ中(なか)は信じられるように思ったけれど今朝は千々にみだれるこの黒髪のようにわたしの心も思いみだれずにはいられないの
ごとくだいじさだいじん
ほ
ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる
ほととぎすが一声鳴いてゆく声のした空を見上げればほととぎすの姿はみえず夢かうつつのようにはかない
どういんほうし
おも
思ひわびさても命はあるものを憂きにたへぬは涙なりけり
慕うてみても詮ない人を慕いつづけてむくわれず嘆きつかれて死ぬばかりそれでえもまさか死ねはせず命をつないでいるものを つらさに堪(た)えず ほろほろと こぼれやすいは わが涙
5字
こうたいごうぐうのだいぶしゅんぜい
よのなかよ
世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
無常のこの世を逃れる道はないのだ世の中を捨てようと深く分け入った山の奥にも妻恋う鹿の声が聞こえるあわれ鹿よわが心も千々にみだれ静けさを失う遁世(とんせい)の難(かた)さよ
ふじわらのきよすけあそん
ながら
ながらへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞいまは恋しき
生きながらえていたらまたこの頃がなつかしくなるんだろうか辛いこと いやなことの多いこの頃なのにさ--辛いこと多かった 昔の あの時代が いまは なつかしいんだものな
しゅんえほうし
よも
夜もすがらもの思ふころは明けやらで閨のひまさへつれなかりけり
冷たいきみを悲しんで一晩じゅう物思いにふけるこのごろは夜のなんと長いことなかなか明けやしない...部屋の戸の隙間さえつれなくていつまでも白まずに暗い
さいぎょうほうし
なげけ
なげけとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな
月が 私に物思いさせるというのか嘆けよと 月が誘うのかなんの月は無心に 照るばかりそれなのに 月にかこつけて恨みがましく あふれる私の涙
じゃくれんほうし
む
むらさめのの露もまだひぬまきの葉に霧たちのぼる秋の夕ぐれ
村雨が通り過ぎたあとの露もまだ乾かぬ槇の葉に霧は流れ薄れつつ暗い木立をつつむ秋の夕ぐれの深い静寂(しじま)よ
こうかもんいんのべつとう
なにはえ
難波江の芦のかりねのひとよゆゑみをつくしてや恋ひたるべき
難波の海辺のあの仮寝波はひたひた芦はさやさや...あなたと過ごしたあの一節(ひとよ)ほどのみじかくもはかない契りあのかりそめの恋ゆえにあたしは 身を尽くしてあなたをあれからずうっと恋しつづけなければならないのかしら
しきしないしんのう
たま
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする
わが命よ耐えるならいっそ絶えてしまえこのまま生きながらえていたら秘めた恋を押しかくす力がこれ以上堪(た)えきれず弱まるかもしれぬから
いんぶもんいんのたいふ
みせ
見せばやな雄島のあまの袖だにも濡れにぞ濡れし色はかはらず
見せたいわ あのひとにあたしのこの袖を--みちのくの雄島の磯で働く漁師さんの袖だってそりゃあ 波のしぶきにぬれにぬれるわだけど袖の色は 変わりやしないそこへくると あたしの袖は涙にぬれるばかりか血の涙で 袖の色も変わったわ
ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん
きり
91
きりぎりすなくや霜夜のさむしろに衣かたしき独りかも寝む
こおろぎが鳴いている霜夜の、このしんしんと身にしむ寒さ寒いむしろに私はわが片袖をひとつ敷いてひとり寝をするのか...
にじょういんのさぬき
わがそ
わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそしらね乾くまもなし
わたしの袖はたとえばあの沖の石のようひき潮にもあらわれぬ深海の石ぬれにぬれ人は知らないけれど涙で乾くまもないのみのらぬ恋を悲しんで
新勅撰集
かまくらのうだいじん
よのなかは
世の中は常にもがもな渚こぐあまの小舟の綱手かなしも
世は無常、つねに変わるというけれどああ どうかいつも変わらずにあってほしい渚こぐ海人の小舟が今日は曳綱(ひきづな)で曳かれてゆく天空と海の「あわい」にぽつんと小さな人間の生の営みしぶきに濡れ張ってはたゆむ曳綱のさま海人のかけ声--この世は美しい--愛すべきものでみちみちているおおいつまでも変わらずにあれ人の世の このいとおしさ
さんぎまさつね
みよ
み吉野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒く衣うつなり
吉野の山の 秋風よふけゆく夜の 静寂(しじま)に砧(きぬた)の音が寒々ときこえる旧都(ふるさと)のこの地にもの思えというがごとく...
さきのだいそうじょうじえん
おほけ
おほけなく憂き世の民におほふかなわが立つ杣にすみぞめの袖
身のほど知らぬことではあるがわが墨染の袖を 私はうき世の民におおいかけるのだすべての人の上にあまねくみほとけの冥加(みょうが)あらせたまえと比叡の開祖・伝教大師のみこころを慕うて
にゅうどうさきのだいじょうだいじん
はなさ
花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり
花をさそって吹きしきる風庭には 雪のような落花降りゆくものは雪ではないそうだ、この身なのだ古(ふ)りゆくのは...
ごんちゅうなごんていか
こぬ
100
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ
待っても来ないあの人をわたしは待っています松帆(まつほ)の浦の夕凪のなか藻塩焼く火にさながら わが身もじりじりと焦がれるばかり恋に悶えながら
じゅうにいいえたか
かぜそ
風そよぐならの小川の夕暮れはみそぎぞ夏のしるしなりける
風が楢(なら)の葉をそよがせるここ 上賀茂のみ社(やしろ)の神々しい「ならの小川」よ風のそよぎも川のせせらぎも夕暮れの涼しさはさながら はやい秋けれど ならの小川でみそぎをするのを見ればいまはまだ夏なのだ
ごとばいん
ひとも
人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は
あじきないこの世だ物思いにふけるわが身に人は あるときはいとおしくまた あるときは憎らしく思われる--おお うつうつと楽しまぬ人生に 愛憎こもごも みのまわりに点滅する人間たち
じゅんとくいん
もも
ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり
宮居(みやい)の古い軒端にしのぶ草は 生い茂る私がしのぶのはそのかみのことしのびても あまりある思い出は尽きませぬなつかしや かの日の栄華(えいが)荒れはてた宮井のむかしの思い出