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3字

後撰集

てんじてんのう

あきの

1

86

59

天智天皇


1.天智天皇

秋の田の

かりほの庵の

苫をあらみ

わが衣手は

露にぬれつつ


みのりの秋の田の
番小屋に 私は泊まっている
屋根を葺いた苫は粗く
漏る露に
私の袖は しとどにぬれた


中大兄皇子。中臣鎌足とともに蘇我氏を滅ぼして大化の改新を断行、第38代の天皇となる。第49代光仁天皇以降現在まで続く天智系皇統の祖。

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

新古今集

じとうてんのう

はるす

2

39

84

持統天皇


2.持統天皇

春すぎて
夏来にけらし
白妙の
衣ほすてふ
天の香具山


早も
春は過ぎゆき
夏が来たらしい
天の香久山には夏のならわしとて
真白の衣が干されているという・・・・

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

拾遺集

かきのもとのひとまろ

あし

3

23

23

柿本人麻呂


3.柿本人麻呂

あしひきの
山鳥の尾の
しだり尾の
ながながし夜を
ひとりかも寝む


山鳥のながながしいしだれ尾のように
まことに長き秋の夜を
山鳥の雄と雌が離れて恋い合うに似て
あなたを恋いつつ
ひとり寝をすることよ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

新古今集

やまべのあかひと

たご

4

47

65

山部赤人


4.山部赤人

田子の浦に
うち出でてみれば
白妙の
富士の高嶺に
雪は降りつつ


駿河の国の
田子の浦に たたずんで
はるかにみれば
真白き富士の高嶺に
雪は降りつむ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

古今集

さるまるだゆう

おく

5

16

52

猿丸大夫


5.猿丸大夫

奥山に
紅葉踏み分け
鳴く鹿の
声きくときぞ
秋はかなしき


秋もたけた山の奥ふかく
散り敷く紅葉をふみわけて
鹿は鳴く
 妻恋うて哀々と鳴く鹿よ
 ああ その声を聞くとき
 秋のあわれは深く身に沁む

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

新古今集

ちゅうなごんやかもち

かさ

6

25

43

中納言家持


6.中納言家持

かささぎの
わたせる橋に
おく霜の
しろきを見れば
夜ぞふけにける


冬の夜空に凍りきらめく星々
七夕の夜にはカササギが翼をうち交わして
天の川に橋をかけるというが、
おお、ここ地上の橋にも白く霜が降りている
それを見れば夜も更けたことが思われる

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

古今集

あべのなかまろ

あまの

7

14

32

安倍仲麿


7.安倍仲麿

天の原
ふりさけみれば
春日なる
三笠の山に
出でし月かも


大空はるかに ふりあおげば
明るい月がかかっている
あれは その昔 私が
故郷の日本で見た月だ
奈良の春日にある三笠山に
さし出た月だ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

古今集

きせんほうし

わがい

8

67

67

喜撰法師


8.喜撰法師

わが庵は
都のたつみ
しかぞすむ
世をうぢ山と
ひとはいふなり


わが庵は 都の東南
宇治山なのです
鹿の鳴く里に
しかく 私は心も澄み
気もはればれと住んでいます
それなのに 世の人は
私が世を憂しとみて
かくれこもっているようにいうのです

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

古今集

おののこまち

はなの

9

30

93

小野小町


9.小野小町

花の色は
うつりにけりな
いたづらに
わが身世にふる
ながめせしまに


花の色はもはやうつろうてしまった
この長雨に桜も散り 色がわりした
それと同じように
 私自身 物思いに屈しているうちに
 いつか 盛りの若さも過ぎてしまったのだ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

後撰集

せみまる

これ

10

46

55

蝉丸


10.蝉丸

これやこの
行くも帰るも
わかれては
しるもしらぬも
逢坂の関


これがかの 有名な逢坂山の関よ
東くだりの旅人も
都へ帰る旅人も
知る人も知らぬ人も
別れては逢い
逢うては別れ してゆき交う
人の世の別れと出会いを暗示するのか
その名も 逢坂の関

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

6字

古今集

さんぎたかむら

わたのはらや

11

75

48

参議篁


11.参議篁

わたの原
八十島かけて
漕ぎ出でぬと
人には告げよ
海人のつり舟


はるけき大海原に
あまたの島々は転々を浮かぶ
島から島へ漕ぎめぐりつつ
私は流人島へ追われていったと
都のあの人に伝えておくれ
釣り舟の漁師たちよ
伝えてよ 愛する人に

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

古今集

そうじょうへんじょう

あまつ

12

5

41

僧正遍照


12.僧正遍照

天つ風
雲の通ひ路
吹きとぢよ
をとめの姿
しばしとどめむ


天空を吹く風よ
雲の中のかよい路を吹いて閉ざしておくれ
天へかえる少女たちを
もうしばらくとどめておきたいから・・・・・・

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

後撰集

ようぜいいん

つく

13

37

64

陽成院


13.陽成院

筑波嶺の
みねより落つる
みなの川
恋ぞつもりて
淵となりぬる


東国の歌まくら 筑波山
その峰々からしたたり落ちる
小さな流れも
積もり積もれば男女(みな)の川となるのです
--私の恋も 次第につもって
 いつしか深い淵となりました

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

古今集

かわらのさだいじん

みち

14

17

62

河原左大臣


14.河原左大臣

みちのくの
しのぶもぢずり
たれ故に
乱れそめにし
われならなくに


陸奥の 信夫(しのぶ)の里の
名産品 信夫捩(も)じ摺(ず)り
もじずりの衣の模様は
おどろに乱れていますが
私のこころも それに似て
あやしく 乱れ初めました
--たれゆえと おぼしめす
--あやたゆえではありませんか
--あなたのために こころ乱した
--この私ではありませんか

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

6字

古今集

こうこうてんのう

きみがためは

15

29

83

光孝天皇


15.光孝天皇

君がため
春の野に出でて
若菜つむ
わが衣手に
雪はふりつつ


あなたにと思って
まだ寒い早春の野に
私は出て
やっと生(お)いそめた
みどりの若菜をつみました
その私の袖に
雪がちらちら

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

古今集

ちゅうなごんゆきひら

たち

16

90

99

中納言行平


16.中納言行平

たち別れ
いなばの山の
峰に生ふる
まつとし聞かば
今帰り来む


さあて 皆さん いよいよお別れ
私は因幡(鳥取県)へいにまする
いなばの国には 松の名所の稲羽山
峰の松ではないけれど
私をまつとおしゃるならば
じっきに帰ってくるわいな

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

古今集

ありわらのなりひらあそん

ちは

17

18

72

在原業平朝臣


17.在原業平朝臣

ちはやぶる
神代もきかず
竜田川
からくれなゐに
水くくるとは


竜田川の水の面(おも)
まるで紅のしぼり染め
紅葉の錦の唐くれない
神代にもこんな美しさがあったとは
聞いたこともない
なんとみごとな美しさ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

1字

古今集

ふじわらのとしゆきあそん

18

68

77

藤原敏行朝臣


18.藤原敏行朝臣

住の江の
岸に寄る波
よるさへや
夢の通ひ路
人目よくらむ


住の江の 岸による波
その よるの夢路にさえ
きみは 人目を避けて
ぼくと 会ってくれないのか
 昼は無論のこと、夜の夢にさえ
 きみは訪れてくれないじゃないか

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

4字

新古今集

いせ

なにはが

19

77

68

伊勢


19.伊勢

難波がた
みじかき葦の
ふしの間も
逢はでこの世を
すぐしてよとや


難波潟に生い茂る芦
その中でもことに短い芦の
その節と節の間は
いっそう 短いわ
そんな短い逢瀬の機会さえ
あなたはつくってくれず
あたしにこのまま過ごせというの?
これっきりだと あなたはいうの?

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

拾遺集

もとよししんのう

わび

20

42

15

元良親王


20.元良親王

わびぬれば
今はたおなじ
難波なる
みをつくしても
逢はむとぞ思ふ


人は私を指さしてそしる
不倫の恋に狂う痴れ者と--
世間の目に咎められ
もはや あなたに逢うことも
ままならぬ世のおきて
あなたを恋うて物狂おしく
悶々の日々
ええい もはや同じこと
噂が立ったいまは
難波のみおつくしではないが
身をつくして 破産しても ままよ
あなたに逢いたい
逢わずには措くものか

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

古今集

そせいほうし

いまこ

21

74

38

素性法師


21.素性法師

いま来むと
言ひしばかりに
長月の
有明の月を
待ちいでつるかな


あなたが これからすぐ行くよと
おっしゃったばかりに
まあ どうでしょう
秋の夜長を ずうっと私は待ちこがれ
とうとう九月の有明の月が出るまで
むなしく過ごしてしまったわ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

1字

古今集

ふんやのやすひで

22

9

81

文屋康秀


22.文屋康秀

吹くからに
秋の草木の
しほるれば
むべ山風を
嵐といふらむ


山風が荒々しく吹くものだから
草木は萎れてしまう
なるほどな 荒々しいから
「あらし」とは よういうたもの
さてまた
山風と書いて
嵐と訓むとは
むはははは
これも納得--
とはいうものの
秋の山風の 身に沁むことわいな

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

古今集

おおえのちさと

つき

23

94

40

大江千里


23.大江千里

月見れば
ちぢにものこそ
悲しけれ
わが身一つの
秋にはあらねど


秋の月を見れば
物思いさまざま
心は千々に乱れてうら悲しいのだ
私ひとりのために
秋がきたのではないけれど

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

古今集

かんけ

この

24

28

73

菅家


24.菅家

このたびは
幣もとりあへず
手向山
紅葉の錦
神のまにまに


このたびの旅は
あわただしく発ちましたから
幣の用意もできませなんだ
手向山の神よ
このみごとな美しい紅葉の幣を
私の捧げる幣としてみ心のままにお受けください

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

後撰集

さんじょうのうだいじん

なにし

25

49

85

三条右大臣


25.三条右大臣

名にし負はば
逢坂山の
さねかづら
人に知られで
くるよしもがな


ねえ きみ
逢坂山のさねかずらって、暗示的な名だと思わない?
きみに「逢う」の「逢坂山」
 きみと「寝る」の「さ寝」なんて
 ああ そういえば
 さねかずらは蔓草さ
ツルをくるくるたぐりよせるように
 人目につかず きみのもとへ
 「くる」方法はないものかねえ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

拾遺集

ていしんこう

をぐ

26

36

54

貞信公


26.貞信公

小倉山
峰のもみじ葉
心あらば
今ひとたびの
みゆき待たなむ


小倉山の紅葉よ 心あるならば
その美しさを そのままに
どうか散らずにいておくれ
もういちど 帝の行幸があるはず
その晴れの日を待っていておくれ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

新古今集

ちゅうなごんかねすけ

みかの

27

66

57

中納言兼輔


27.中納言兼輔

みかの原
わきて流るる
いずみ川
いつみきとてか
恋しかるらむ


甕の原を ふたつに分けて
しかも湧きあふれて流れる泉川よ
いずみよ いずみ
あなたを「いつみ」たというのか
ぼくはまだ あなたに逢ってやしない
それなのに
なぜこんなに恋しいのか
逢ってください このぼくに

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

古今集

みなもとのむねゆきあそん

やまざ

28

69

87

源宗于朝臣


28.源宗于朝臣

山里は
冬ぞさびしさ
まさりける
人目も草も
かれぬと思へば


山里はいつも淋しい...
とりわけ 冬のかれすがれたありさまは身に沁む
草は枯れ 人は離(か)れる
ゆききする人の姿も絶えはてて...

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

4字

古今集

おおしこうちのみつね

こころあ

29

26

53

凡河内躬恒


29.凡河内躬恒

心あてに
折らばや折らむ
はつ霜の
置きまどはせる
白菊の花


初霜でそこらじゅう 真ッ白になってしまった
白菊の花がそれにまぎれてどこかわからないじゃないか
あて推量で、このへんかなあと折るならば折れるかもしれないが
何しろ 一面 白い中の白菊の花だからなあ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

古今集

みぶのただみね

ありあ

30

63

27

壬生忠岑


30.壬生忠岑

有明の
つれなく見えし
別れより
暁ばかり
憂きものはなし


空には有明の月が
つれなく かかっていた
あなたのそばにもっといたかったのに
明ければ帰らねばならぬ世の習い
ぼくは心残して帰った
あの日からというもの
ぼくにとっては暁ほど
せつなく辛いものは
ないようになったんだ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

6字

古今集

さかのうえのこれのり

あさぼらけあ

31

54

36

坂上是則


31.坂上是則

朝ぼらけ
有明の月と
見るまでに
吉野の里に
ふれる白雪


夜がほのぼのと明けてきた
あたりは白く明るい
この明るさはありあけの月の光かと思ったが--
雪だった
月の光に見まがうほど
あたり一面薄雪が積もって明るんでいたのだ
ここは吉野なのだ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

古今集

はるみちのつらき

やまが

32

6

51

春道列樹


32.春道列樹

山川に
風のかけたる
しがらみは
流れもあへぬ
紅葉なりけり


山道をゆけば川の急流にひとところ
秋風がかけた しがらみができている
風が作った しがらみって
何だか、わかるかい、きみ
もみじなんだよ
深紅のしがらみなんだ
もみじはしきりに落ちたまり
水は流れることもできぬ
秋風の風雅ないたずら
美しいもみじの しがらみ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

古今集

きのとものり

ひさ

33

20

92

紀友則


33.紀友則

久方の
光のどけき
春の日に
しづこころなく
花の散るらむ


日の光のゆったりのどかに
あたたかい春の日
まことにあだやかな好日
人みな陶然とやすらぐとき
それなのに桜の花ばかりは
静かなこころもなく
あわただしく散りまがう
音もない花吹雪
なぜそんなに散りいそぐのか...

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

古今集

ふじわらのおきかぜ

たれ

34

80

98

藤原興風


34.藤原興風

たれをかも
知る人にせむ
高砂の
松も昔の
友ならなくに


心を許しあった友は
一人逝き 二人逝きして
いまはもう 誰もいない
いったい誰を友としたらいいのか
高砂の松は 私と同じように
年古(ふ)りているとはいうけれど
松も昔なじみの友ではないのだもの

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

古今集

きのつらゆき

ひとは

35

40

94

紀貫之


35.紀貫之

人はいさ
心も知らず
ふるさとは
花ぞ昔の
香ににほひける


あなたは さあね
どんなお心かわかりませんが
この昔なじみのふるさと
そこに咲く花は
昔に変わらぬよい匂いで私を迎えてくれますねえ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

古今集

きよはらのふかやぶ

なつ

36

64

37

清原深養父


36.清原深養父

夏の夜は
まだ宵ながら
明けぬるを
雲のいづこに
月宿るらむ


夏の夜の短さよ
まだ宵のうちと思っていたのに
はや 白々と明けそめた
月は山の端に入るひまもなく
雲のどのあたりに
宿っていることやら

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

後撰集

ふんやのあさやす

しら

37

2

11

文屋朝康


37.文屋朝康

しらつゆに
風の吹きしく
秋の野は
つらぬきとめぬ
玉ぞ散りける


秋の野の草むらに
いちめんの白露
風がしきりに吹きわたると
ぱらぱらとこぼれ散る
あ あ 玉が散る 水晶玉が
糸に通していない水晶の玉が
あ あ こぼれ散る
風のふくたび...

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

拾遺集

うこん

わすら

38

92

20

右近


38.右近

わすらるる
身をば思はず
誓ひてし
人のいのちの
惜しくもあるかな


やがては忘れ去られる身だということを思いもせず
私はあのとき、愛を神に誓った
なんて愚かな私なのかしら
でも心がわりしたあなたには、神仏の罰(ばち)があたるわよ
--いい気味といいたいけれど
でも、それは嘘
罰が当たって
あなたが死ぬなんていや
死んじゃいや
でも
あなたが憎くないといったら
それも嘘になるの

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

後撰集

さんぎひとし

あさぢ

39

13

22

参議等


39.参議等

浅茅生の
小野の篠原
しのぶれど
あまりてなどか
人の恋しき


丈ひくいチガヤの野に
篠竹(しのだけ)は生い繁る
ああその 荒涼たる風景よ
わが心象風土そのままに--
しのだけの しのびこらえているけれど
包みかねてあふれる恋心
なぜこうまで ぼくは
あのひとが恋しいのか

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

拾遺集

たいらのかねもり

しの

40

51

6

平兼盛


40.平兼盛

忍ぶれど
色にいでにけり
わが恋は
ものや思ふと
人の問ふまで


ぼくは 自分の思いを
じっと胸に 秘め隠してきたが
おのずと顔や雰囲気に出たのか
”君は恋しているんじゃないか
物思わしげにみえるよ” と
人にたずねられるほどになってしまった

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

拾遺集

みぶのただみ

こひ

41

61

7

壬生忠見


41.壬生忠見

恋すてふ
わが名はまだき
立ちにけり
人しれずこそ
思ひそめしか


ぼくが恋に悩んでいるという噂は
早や 世間に散ってしまった
ぼくは あのひとを
人知れず 思い初(そ)めたばかりなのに...

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

4字

後拾遺集

きよはらのもとすけ

ちぎりき

42

99

90

清原元輔


42.清原元輔

契りきな
かたみに袖を
しぼりつつ
末の松山
波越さじとは


おぼえているかい
約束したね ぼくたちは
涙で誓った
決して心変わりしないと--
末の松山を 波が越すような
そんなこと 決してないって
契ったよねえ きもとぼく

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

拾遺集

ごんちゅうなごんあつただ

あひ

43

41

5

権中納言敦忠


43.権中納言敦忠

あひみての
のちの心に
くらぶれば
昔はものを
思はざりけり


やっと きみがぼくのものになった
ところがどうだ
よけい苦しみが増し
物思いが多くなった
不安、嫉妬、独占欲...
ぼくは新しい苦しみをさまざま知った
この苦しさにくらべれば
きみを得たいとひたすら望んでいた
昔のぼくの物思いなんて
実に単純で底が浅かった

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

拾遺集

ちゅうなごんあさただ

あふこ

44

43

25

中納言朝忠


44.中納言朝忠

逢ふことの
絶えてしなくは
なかなかに
人をも身をも
恨みざらまし


あの女(ひと)との恋の機会が
全くなかったならば
かえってあの女を恨んだり
自分を辛がったりすることも
なかったろうに...
なまじ一度の愛の時間を持ったばっかりに
いや増し募る ぼくの苦しみ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

拾遺集

けんとくこう

あはれ

45

93

30

謙徳公


45.謙徳公

あはれとも
いふべき人は
思ほえで
身のいたづらに
なりぬべきかな


ぼくのことを
しみじみ思ってくれる人は
もう いやしない
君に捨てられたいまは
ぼくはこのまま なすすべもなく
ああ ただむなしく
こがれ死にに
消えてゆくのか

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

新古今集

そねのよしただ

ゆら

46

85

49

曾禰好忠


46.曾禰好忠

由良の門を
渡る舟人
かぢを絶え
行方も知らぬ
恋のみちかな


紀の国の由良
その由良の海峡を渡る舟人が
梶を失ってただ ゆらゆらと
波間にただようように
わが恋もまた 行方も知れず
ただようばかり
ただゆらゆらと...

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

拾遺集

えぎょうほうし

やへ

47

59

86

恵慶法師


47.恵慶法師

八重むぐら
しげれる宿の
さびしきに
人こそ見えね
秋は来にけり


むぐら生い繁る この邸のさびしさ
荒れ果てて いまは訪れる人もいない
そんな庭にも
見よ ひそかに秋は訪れている

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

詩花集

みなもとのしげゆき

かぜを

48

1

1

源重之


48.源重之

風をいたみ
岩うつ波の
おのれのみ
くだけてものを
思ふころかな


風の烈しさはわが恋心の烈しさか
岩うつ波は 砕け散る
うち寄せうち寄せしても
岩はびくとも動かぬ
砕け散る波の姿は あれは ぼく
君は岩
きみは心を動かしてもくれない
片恋の苦しさに
心砕け 心乱れる
このごろの ぼく

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

詩花集

おおなかとみのよしのぶあそん

みかき

49

78

78

大中臣能宣


49.大中臣能宣

みかきもり
衛士のたく火の
夜はもえ
昼は消えつつ
ものをこそ思へ


宮中の御門を守る衛士(えじ)らが警備のかがり火を
夜な夜な焚く
あの日のように
私の思いは夜になると燃えさかり
昼は火が消えるように
心も消え入るばかり
あの人への恋にこがれて

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

6字

後拾遺集

ふじわらのよしたか

きみがためを

50

81

9

藤原義孝


50.藤原義孝

君がため
惜しからざりし
命さへ
長くもがなと
思ひけるかな


きみへの思いが実をむすんで
もし愛し愛される仲になるならば
この命を捨ててもいい--
死んでも惜しくはない
そう思っていたんだ
しかしほんとにそうなったら 気持ちは変わった
ぼくは生きたい
長く長く生きて いつまでもきみと愛し合いたい
そう思うようになったんだ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

後拾遺集

ふじわらのさねかたあそん

かく

51

79

88

藤原実方朝臣


51.藤原実方朝臣

かくとだに
えやはいぶきの
さしも草
さしも知らじな
燃ゆる思ひを


こんなにきみを愛していると
いえればいいんだけれど
とても口に出してはいえないよ
だまって胸を焦がすぼく
まるで伊吹山のもぐさのように
くすぶって萌えるぼくの思い
きみはちっとも
知らないだろうね

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

後拾遺集

ふじわらのみちのぶあそん

あけ

52

53

26

藤原道信朝臣


52.藤原道信朝臣

明けぬれば
暮るるものとは
知りながら
なほ恨めしき
朝ぼらけかな


夜が明ければ やがてまた暮れる
暮れれば また きみに会えるんだ
しれはわかっているのだが
やっぱり
明ければ帰らねばならぬ
その恨めしさ
恨めしい夜明けよ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

拾遺集

うだいしょうみちつなのはは

なげき

53

32

14

右大将道綱母


53.右大将道綱母

なげきつつ
ひとりぬる夜の
明くるまは
いかに久しき
ものとかは知る


今夜もいらっしゃらなかった...
ためいきをつく 独り寝の床
夜の長さ
夜明けまでの長さを
あなた、ご存知?

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

新古今集

ぎどうさんしのはは

わすれ

54

82

19

儀同三司母


54.儀同三司母

わすれじの
行末までは
かたければ
今日をかぎりの
命ともがな


お前のことは忘れない、とあなたはおっしゃったわね。
ほんとかしら。そのお言葉、しんじられるのかしら。
行末のことはたのみがたいわ。
それよりいっそ、
今日のこの恋の幸福の絶頂で死んでしまいたいわ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

千載集

だいなごんきんとう

たき

55

38

74

大納言公任


55.大納言公任

滝の音は
たえて久しく
なりぬれど
名こそ流れて
なほ聞えけれ


そのかみ
嵯峨のみかどが賞(め)でたもうたという有名な滝
いまは涸(か)れて滝の音も
すでにとだえて久しい。
けれどその名はいまも世に流れ
人々の耳には
音なき滝の音が聞こえている
ありし日の栄(は)えをしのんで

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

後拾遺集

いずみしきぶ

あらざ

56

83

29

和泉式部


56.和泉式部

あらざらむ
この世のほかの
思ひ出に
いまひとたびの
逢ふこともがな


あたし もう長くはないわ あなた
あの世へ旅立つ思い出に
もういちど
せめてもういちど
あなたにお逢いしたいわ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

1字

新古今集

むらさきしきぶ

57

44

35

紫式部


57.紫式部

めぐりあひて
見しやそれとも
分かぬまに
雲がくれにし
夜半の月影


何年ぶりかしら
久しぶりにあなたに逢うなんて
ほんとにあなた?
もっとお顔見せてよ
幼顔(おさながお)が残っているような気もするし...
何だかあやふやな
夢のような思いのうちに
あなたはもうはや
雲にかくれる 夜半の月のように
帰ってしまったの

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

後拾遺集

だいにのさんみ

ありま

58

3

21

大弐三位


58.大弐三位

有馬山
猪名の笹原
風吹けば
いでそよ人を
忘れやはする


愛していないですって?
否、なんてmあたしがあなたを拒んだことがある?
「いな」のささ原だわ。
「あり」ませんよの有馬山、ってところね。
--あなたご存知?
 有馬山、そのふもとの猪名の笹原に
 風がわたると
 さやさや、そよそよとかすかな葉ずれ
 そうよ、そうよとささやくのを。
そうなのよ、あなた
あたしがあなたを忘れると思って?
忘れるはずがないじゃないの

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

後拾遺集

あかぞめえもん

やす

59

24

33

赤染衛門


59.赤染衛門

やすらはで
寝なましものを
小夜更けて
かたぶくまでの
月を見しかな


来るって あなた
おっしゃったじゃない
--だから あたし
 待って待って 待ちわびて
とうとう夜もふけて
お月さまが西の山へかたぶくまで
みつめつづけて起きていたのよ
こんなことなr ためらわず
さっさと寝ちゃうんだったわ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

金葉集

こしきぶのないし

おほえ

60

15

42

小式部内侍


60.小式部内侍

大江山
いく野の道の
遠ければ
まだふみも見ず
天の橋立


母のいる丹後の国は
はるか山々の彼方
大江山、生野の道、そしてまた天橋立
私はまだその地を「踏み」もせず、母の「ふみ」も見ておりませんの

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

詩花集

いせのたいふ

いに

61

60

96

伊勢大輔


61.伊勢大輔

いにしへの
奈良の都の
八重桜
けふ九重に
にほひぬるかな


その昔、奈良の古き都に
咲き匂った八重桜
それが今日は、九重の宮中に
美しく咲きほこっているのです

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

後拾遺集

せいしょうなごん

よを

62

48

75

清少納言


62.清少納言

夜をこめて
鳥の空音は
はかるとも
よに逢坂の
関はゆるさじ


夜も明けぬうちに
鶏の鳴き真似をしてだまし
関所を開けさせた
あれは中国の故事の函谷関のこと
だけど私の関所はダメよ
私の逢坂の関の守りは堅いわ
だまされて開けるなんてこと
絶対にありませんわよ
お気の毒さま

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

後拾遺集

さきょうのだいぶみちまさ

いまは

63

11

2

左京大夫道雅


63.左京大夫道雅

今はただ
思ひ絶えなむ
とばかりを
人づてならで
いふよしもがな


今はもう
あなたのことを
ぼくは思い切ります
ぼくたちの恋は
禁じられた恋でした
ただ それをせめて
最後にあなたにお目にかかって
直接 お伝えしたいのです
人づてでなく
ぼくの口からいいたいのです
あきらめましょうと
あきらめきれぬぼくらの恋を

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

6字

千載集

ごんちゅうなごんさだより

あさぼらけう

64

55

46

権中納言定頼


64.権中納言定頼

朝ぼらけ
宇治の川霧
たえだえに
あらはれわたる
瀬々の網代木


朝ぼらけ
宇治川の水面に
たちこめる霧の...
風に吹き立てられ
絶えま 絶えまに
夢のようにあらわれてくる
川瀬の網代木
そこ ここの瀬に
仄(ほの)見えてきた宇治の網代木

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

後拾遺集

さがみ

うら

65

52

16

相模


65.相模

恨みわび
ほさぬ袖だに
あるものを
恋にくちなむ
名こそ惜しけれ


あたのつれなさを
恨んでは思いなやみ
わたしの袖は
かわく間さえないというのに
ああ その上に
あれ見よ 恋の痴(し)れものと 世に
指さして嗤(わら)われるわが名
わが名のいとおしさ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

金葉集

だいそうじょうぎょうそん

もろ

66

50

95

前大僧正行尊


66.前大僧正行尊

もろともに
あはれと思へ
山桜
花よりほかに
知る人もなし


都では春も逝ったというのに
この奥ふかい山中では
可憐な山桜がひっそりと
人に知られず咲いているではないか
桜よ 桜
おれもひとりだ
天地寂寞(せきばく)の山中
おまえよりほかに
なつかしむものもない
もろともに
いとしみ合おうよ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

千載集

すおうのないし

はるの

67

73

28

周防内侍


67.周防内侍

春の夜の
夢ばかりなる
手枕に
かひなく立たむ
名こそ惜しけれ


春のみじか夜の
夢のような はかないおたわむれ
あなたの手枕を借りたりしたら
つまんない浮名が
ぱっと立ってしまいますわ
冗談じゃないわ
いやアねえ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

4字

後拾遺集

さんじょういん

こころに

68

84

39

三条院


68.三条院

心にも
あらでうき世にに
ながらへば
恋しかるべき
夜半の月かな


いつまで私は生き永らえるか
あまり永くは生きたいと思わぬが
不本意にも この憂き世に
生き永らえるならば
そのとき今宵のこの月は
どんなに恋しく思い出されることだろう
もう眼の見えぬ身となった
私の心に...

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

後拾遺集

のういんほうし

あらし

69

8

71

能因法師


69.能因法師

嵐吹く
三室の山の
もみじ葉は
竜田の川の
錦なりけり


三室の山の
紅葉ばは
嵐に散りまごうて
竜田の川に降りこむ
川面はさながら
繚乱(りょうらん)の錦

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

1字

後拾遺集

りょうぜんほうし

70

57

66

良暹法師


70.良暹法師

さびしさに
宿を立ち出でて
ながむれば
いづくも同じ
秋の夕暮れ


なんとはない寂しさが
そぞろ 身を噛(か)む秋の夕
たまらなくなって
家を出てあたりを見れば
どこも同じ
ひといろに
物さびしい秋の夕ぐれ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

金葉集

だいなごんつねのぶ

ゆふ

71

87

69

大納言経信


71.大納言経信

夕されば
門田の稲葉
おとづれて
蘆のまろ屋に
秋風ぞ吹く


夕ぐれになれば
家の前の田の
ゆたかにみのった稲穂に
風は吹きわたる
蘆(あし)ぶきの小屋をも 風は
吹きすぎてゆく
それよ この涼しさは
おお 早や秋風なのだ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

金葉集

ゆうしないしんのうけのきい

おと

72

97

70

祐子内親王家紀伊


72.祐子内親王家紀伊

音に聞く
高師の浜の
あだ波は
かけじや袖の
濡れもこそすれ


噂に高い 高師の浜の
仇浪を
かぶったりしますまい
袖がぬれてしまうんですもの
--あなたが浮気なおかただってこと
  噂で聞いてますわよ
  あなたの仇(あだ)なさけに
うっかり心ひかれたりしたら
涙で袖を濡らすだけだわ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

後拾遺集

ごんちゅうなごんまさふさ

たか

73

70

97

権中納言匡房


73.権中納言匡房

高砂の
尾上の桜
咲きにけり
外山の霞
立たずもあらなむ


はるかに見渡せば
高い山の峰の桜が
やっと 咲きはじめた
里近き山々の霞よ
立たずにいておくれ
山の桜とまぎれぬように

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

千載集

みなもとのとしよりあそん

うか

74

27

63

源俊頼朝臣


74.源俊頼朝臣

憂かりける
人をはつせの
山おろしよ
はげしかれとは
祈らぬものを


ぼくにつれない彼女が
どうぞ やさしい気持ちになって
ぼくを愛してくれるようにと
初瀬の観音さまに祈ったが
どうだ この吹き荒れる
山おろしの激しさ
彼女のつれなさそっくりじゃないか
こんなに辛く当たるようにとは
祈りはしなかったものを

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

4字

千載集

ふじわらのもととし

ちぎりお

75

89

89

藤原基俊


75.藤原基俊

契りおきし
させもが露を
命にて
あはれ今年の
秋もいぬめり


あなたはお約束下さった
よし 任せておけ と
そのお言葉を命とたのんで
望みをつないできましたのに
させも草の露のようにはかなく
今年もむなしく
秋はさってゆくようですね

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

6字

詩花集

ほつしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん

わたのはらこ

76

65

47

法性寺入道前関白太政大臣


76.法性寺入道前関白太政大臣

わたの原
漕ぎ出でてみれば
ひさかたの
雲居にまがふ
沖つ白波


大海原に舟を漕ぎ出し
海と空をひろびろとながめれば
沖に立つ白波は
雲かとまがうばかり
なんとまあ
はるけくも晴朗なながめよ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

1字

詩花集

すとくいん

77

45

45

崇徳院


77.崇徳院

瀬をはやみ
岩にせかるる
滝川の
われても末に
あはむとぞ思ふ


岩を噛み ほとばしる急流
滝の早瀬は岩に堰(せ)かれ
しぶきをあげて二つにわかれる
ぼくときみも いまは堰かれて別れても
さきには必ず再会して
この恋をつらぬくつもりだよ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

金葉集

みなもとのかねまさ

あはぢ

78

58

76

源兼昌


78.源兼昌

淡路島
かよふ千鳥の
なく声に
いく夜ねざめぬ
須磨の関守


海の彼方の淡路島から
千鳥は波の上を通うてくる
友を呼んで鳴き交わしつつ...
そのさびしい鳴き声に
きみよ 須磨の関守のきみは
幾夜
眠りをさまされて
物思いに沈んだことであろう

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

新古今集

さきょうのだいぶあきすけ

あきか

79

4

31

左京大夫顕輔


79.左京大夫顕輔

秋風に
たなびく雲の
絶えまより
もれ出づる月の
影のさやけさ


夜空を秋風は吹きわたる
たなびく雲の
切れ目から
ひとすじ さっともれ出た
月の光の明るさよ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

千載集

たいけんもんいんほりかわ

ながか

80

21

3

待賢門院堀河


80.待賢門院堀河

長からむ
心も知らず
黒髪の
みだれて今朝は
ものをこそ思へ


あなたのお気持ちは末永くつづくのかしら
どうかしら
私には確信がもてない
わからないわ
ゆうべの、恋のさ中(なか)は信じられるように思ったけれど
今朝は千々にみだれるこの黒髪のように
わたしの心も思いみだれずにはいられないの

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

1字

千載集

ごとくだいじさだいじん

81

34

34

後徳大寺左大臣


81.後徳大寺左大臣

ほととぎす
鳴きつる方を
ながむれば
ただ有明の
月ぞ残れる


ほととぎすが一声鳴いてゆく
声のした空を見上げれば
ほととぎすの姿はみえず
夢かうつつのようにはかない

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

千載集

どういんほうし

おも

82

72

18

道因法師


82.道因法師

思ひわび
さても命は
あるものを
憂きにたへぬは
涙なりけり


慕うてみても詮ない人を
慕いつづけてむくわれず
嘆きつかれて死ぬばかり
それでえもまさか死ねはせず
命をつないでいるものを
  つらさに堪(た)えず ほろほろと
  こぼれやすいは わが涙

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

5字

千載集

こうたいごうぐうのだいぶしゅんぜい

よのなかよ

83

35

44

皇太后宮大夫俊成


83.皇太后宮大夫俊成

世の中よ
道こそなけれ
思ひ入る
山の奥にも
鹿ぞ鳴くなる


無常のこの世を
逃れる道はないのだ
世の中を捨てようと
深く分け入った山の奥にも
妻恋う鹿の声が聞こえる
あわれ鹿よ
わが心も千々にみだれ
静けさを失う
遁世(とんせい)の難(かた)さよ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

新古今集

ふじわらのきよすけあそん

ながら

84

22

13

藤原清輔朝臣


84.藤原清輔朝臣

ながらへば
またこのごろや
しのばれむ
憂しと見し世ぞ
いまは恋しき


生きながらえていたら
またこの頃がなつかしくなるんだろうか
辛いこと いやなことの多い
この頃なのにさ
--辛いこと多かった 昔の
 あの時代が
 いまは なつかしいんだものな

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

千載集

しゅんえほうし

よも

85

31

4

俊恵法師


85.俊恵法師

夜もすがら
もの思ふころは
明けやらで
閨のひまさへ
つれなかりけり


冷たいきみを悲しんで
一晩じゅう
物思いにふけるこのごろは
夜のなんと長いこと
なかなか明けやしない...
部屋の戸の隙間さえつれなくて
いつまでも白まずに暗い

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

千載集

さいぎょうほうし

なげけ

86

71

8

西行法師


86.西行法師

なげけとて
月やはものを
思はする
かこち顔なる
わが涙かな


月が 私に
物思いさせるというのか
嘆けよと 月が誘うのか
なんの
月は無心に 照るばかり
それなのに 月にかこつけて
恨みがましく あふれる私の涙

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

1字

新古今集

じゃくれんほうし

87

88

79

寂蓮法師


87.寂蓮法師

むらさめのの
露もまだひぬ
まきの葉に
霧たちのぼる
秋の夕ぐれ


村雨が通り過ぎたあとの
露もまだ乾かぬ槇の葉に
霧は流れ薄れつつ
暗い木立をつつむ
秋の夕ぐれの深い静寂(しじま)よ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

4字

千載集

こうかもんいんのべつとう

なにはえ

88

76

58

皇嘉門院別当


88.皇嘉門院別当

難波江の
芦のかりねの
ひとよゆゑ
みをつくしてや
恋ひたるべき


難波の海辺のあの仮寝
波はひたひた
芦はさやさや...
あなたと過ごしたあの一節(ひとよ)ほどの
みじかくもはかない契り
あのかりそめの恋ゆえに
あたしは 身を尽くして
あなたをあれからずうっと
恋しつづけなければ
ならないのかしら

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

新古今集

しきしないしんのう

たま

89

12

12

式子内親王


89.式子内親王

玉の緒よ
絶えなば絶えね
ながらへば
忍ぶることの
弱りもぞする


わが命よ
耐えるならいっそ絶えてしまえ
このまま生きながらえていたら
秘めた恋を押しかくす力が
これ以上堪(た)えきれず弱まるかもしれぬから

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

千載集

いんぶもんいんのたいふ

みせ

90

96

60

殷富門院大輔


90.殷富門院大輔

見せばやな
雄島のあまの
袖だにも
濡れにぞ濡れし
色はかはらず


見せたいわ あのひとに
あたしのこの袖を--
みちのくの雄島の磯で働く
漁師さんの袖だって
そりゃあ 波のしぶきに
ぬれにぬれるわ
だけど袖の色は 変わりやしない
そこへくると あたしの袖は
涙にぬれるばかりか
血の涙で 袖の色も変わったわ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

新古今集

ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん

きり

91

33

24

後京極摂政前太政大臣


91.後京極摂政前太政大臣

きりぎりす
なくや霜夜の
さむしろに
衣かたしき
独りかも寝む


こおろぎが鳴いている
霜夜の、このしんしんと身にしむ寒さ
寒いむしろに私はわが片袖をひとつ敷いて
ひとり寝をするのか...

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

千載集

にじょういんのさぬき

わがそ

92

98

80

二条院讃岐


92.二条院讃岐

わが袖は
潮干に見えぬ
沖の石の
人こそしらね
乾くまもなし


わたしの袖は
たとえばあの沖の石のよう
ひき潮にもあらわれぬ深海の石
ぬれにぬれ
人は知らないけれど
涙で乾くまもないの
みのらぬ恋を悲しんで

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

5字

新勅撰集

かまくらのうだいじん

よのなかは

93

95

50

鎌倉右大臣


93.鎌倉右大臣

世の中は
常にもがもな
渚こぐ
あまの小舟の
綱手かなしも


世は無常、つねに変わるというけれど
ああ どうか
いつも変わらずにあってほしい
渚こぐ海人の小舟が
今日は曳綱(ひきづな)で曳かれてゆく
天空と海の「あわい」に
ぽつんと小さな人間の生の営み
しぶきに濡れ
張ってはたゆむ曳綱のさま
海人のかけ声
--この世は美しい
--愛すべきものでみちみちている
おおいつまでも変わらずにあれ
人の世の このいとおしさ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

新古今集

さんぎまさつね

みよ

94

7

61

参議雅経


94.参議雅経

み吉野の
山の秋風
さ夜ふけて
ふるさと寒く
衣うつなり


吉野の山の 秋風よ
ふけゆく夜の 静寂(しじま)に
砧(きぬた)の音が
寒々ときこえる
旧都(ふるさと)のこの地に
もの思えというがごとく...

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

千載集

さきのだいそうじょうじえん

おほけ

95

62

17

前大僧正慈円


95.前大僧正慈円

おほけなく
憂き世の民に
おほふかな
わが立つ杣に
すみぞめの袖


身のほど知らぬことではあるが
わが墨染の袖を 私は
うき世の民に
おおいかけるのだ
すべての人の上にあまねく
みほとけの冥加(みょうが)あらせたまえと
比叡の開祖・伝教大師の
みこころを慕うて

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

新勅撰集

にゅうどうさきのだいじょうだいじん

はなさ

96

10

91

入道前太政大臣


96.入道前太政大臣

花さそふ
嵐の庭の
雪ならで
ふりゆくものは
わが身なりけり


花をさそって吹きしきる風
庭には 雪のような落花
降りゆくものは
雪ではない
そうだ、この身なのだ
古(ふ)りゆくのは...

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

新勅撰集

ごんちゅうなごんていか

こぬ

97

100

100

権中納言定家


97.権中納言定家

来ぬ人を
まつほの浦の
夕なぎに
焼くや藻塩の
身もこがれつつ


待っても来ないあの人を
わたしは待っています
松帆(まつほ)の浦の夕凪のなか
藻塩焼く火に
さながら わが身も
じりじりと焦がれるばかり
恋に悶えながら

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

新勅撰集

じゅうにいいえたか

かぜそ

98

56

56

従二位家隆


98.従二位家隆

風そよぐ
ならの小川の
夕暮れは
みそぎぞ夏の
しるしなりける


風が楢(なら)の葉をそよがせる
ここ 上賀茂のみ社(やしろ)の
神々しい「ならの小川」よ
風のそよぎも
川のせせらぎも
夕暮れの涼しさは
さながら はやい秋
けれど ならの小川で
みそぎをするのを見れば
いまはまだ夏なのだ

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

3字

新勅撰集

ごとばいん

ひとも

99

91

10

後鳥羽院


99.後鳥羽院

人もをし
人もうらめし
あぢきなく
世を思ふゆゑに
物思ふ身は


あじきないこの世だ
物思いにふけるわが身に
人は あるときはいとおしく
また あるときは憎らしく
思われる
--おお
  うつうつと楽しまぬ人生に
  愛憎こもごも
  みのまわりに点滅する人間たち

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)

2字

新勅撰集

じゅんとくいん

もも

100

19

82

順徳院


100.順徳院

ももしきや
古き軒端の
しのぶにも
なほあまりある
昔なりけり


宮居(みやい)の古い軒端に
しのぶ草は 生い茂る
私がしのぶのはそのかみのこと
しのびても あまりある
思い出は尽きませぬ
なつかしや かの日の栄華(えいが)
荒れはてた宮井の
むかしの思い出

(版画 David Bull
(現代語訳 「田辺聖子の小倉百人一首」)